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第9章:深く傷ついた彼女は、オートバイを降りた

傷ついた彼女はバイクを降りた バイク女子

離婚後、私は憧れの港町で一人暮らしを始めた。

そこは憧れていた通り、華やかで刺激的な街だった。



けれど、私の居場所では無かったようだ。

バイク乗りにとって、男か女か、若いか年取ってるか、そんなに重要な問題なんだろうか?

そんなことを問う機会が、何度もあった。

失礼、というよりは、無礼な出来事だ。

そして、私はバイクを降りた。


著者プロフィール

名前:みどりのシカ

女性だけどバイクに魅せられた。20歳で初めて自転車に乗れるようになり、その2年後に中型二輪免許取得。きっかけは片岡義男「幸せは白いTシャツ」と三好礼子氏との出会い。

20代の頃、ほぼ毎日オートバイに乗っていました。遠くは四国、沖縄まで旅をしました。わけあってオートバイを手放してから、かなりの年月が経過。
けれど幸運なことに、いきなりバイク復帰しました。25年ぶりの相棒は、KAWASAKI 250TR。愛称をティーダと名付けました。ただいま、自分慣らし中です。


バイクショップ近くの銭湯にて

バイクショップ近くの銭湯にて

一人暮らしを始めた土地で、お世話になることにしたバイクショップ。

その近くには、銭湯があった。

バイクをショップの前にとめ、その銭湯へ通うのが楽しみの1つだった。



あの日もバイクを置いて銭湯へ行った。

ガエルネオフロードブーツを靴箱の上に乗せ、暖簾をくぐって自販機でチケットを買う。

髪をかき乱しながら、女湯の暖簾に向かう。

すると、


「男湯はこちらですよ!」



受付のおばさんが、慌てて誘導する。

「え?あたし、女ですけどぉ・・・」

小声で言う私を無視して、おばさんはまた言った。

「男湯、あちらですよ!」



いつものこと、だけど

いつものこと、だけど

こんな勘違いはバイクで走っていると、あちこちであった。

身長も高く、肩幅も広く、化粧もなおざりだったから仕方がない。

もちろん、お洒落なんてまったくしていない。

いつだって、Tシャツに古びたジーパン。

そして、履き慣れたガエルネオフロードブーツが定番のスタイルだ。




こんな外見だから、男と間違われるのは慣れている。

笑顔を作って軽口を返し、笑い話に変えて、やり過ごすのがルーティーン。


でも内心は、深く傷ついている私がいた。


バイクショップのクラブミーティングにて

バイクショップのクラブミーティングにて

私がお世話になることにした港町のバイクショップは、かなり刺激的だった。

昼間からビールをあおる店主がいたり、いつ死んでもおかしくない走り屋的なバイク乗りがわんさといた。



どうも~と言って、簡単にお近づきになれるような輩たちではない。

特別なオーラをまとい、目つきが普通ではないし

同じ匂いのする者としか言葉を交わさない。

くたびれた街乗りオフローダーの私などには見向きもしない。

かと思えば、地味な大人しい青年がいつもショップで何をするでもなく、そこにいたりする。

彼はいつも笑顔で、フレンドリーに話しかけてくれた。しかし、存在感が薄く友達にはなれなかった。

ある日、店主の奥様に声をかけられた。

「ショップのバイククラブのミーティングに参加してみたら?」



クラブミーティング

私は誘いに乗り、私にとっては高額な参加費を払った。



そしてミーティング当日の早朝、会場の箱根へ向かった。

その日は朝から生憎の雨だったが、箱根に着くころには雨は上がっていた。

天候などお構いなしで、ミーティング会場には既に多くのバイクの群れ。

漫画の世界から抜け出してきたような、革ジャンに同じチーム名を背負ったオートバイ乗りたち。

大勢が、ミーティング会場の広場にたむろっていた。



うわ~。やばいとこ来たかも・・・

特に仲のいい仲間もおらず、浮いた存在の私には居場所は無かった。



海へ

仕方なく、喧騒を離れて近くの岩場で一人海水に浸かり、身体を冷やすことにした。

朝の雨と気温の高さで湿度が異常なほど高く、汗と排ガスにまみれた体が不快だったからだ。

しばらくぼんやりと海水に浸かっていると、存在感の無い青年がなにか言いに来たが、適当に返事をした。



海から出ると、バンダナで軽く水滴をぬぐい、水着の上にTシャツとジーパンを身に付けた。

塩水で濡れたままの頭をヘルメットにねじ込んで、同じく湿ったままの足に靴下を履きガエルネに押し込む。

バイクで走れば、その内に乾くだろう。

誰に挨拶するでもなく駐車場へ向かった。

磯と汗の生臭い香りを漂わせ、私は何も食べず、飲まず、会場を後にした。


彼女は、オートバイを降りた

彼女は、オートバイを降りた

しばらくして、私はオートバイを手放した。

なぜ、あれほどのめり込んでいたものを、あっさりと手放してしまったのか。

そうでは無い。あっさりでは、無かった。

いろんなことが重なって、降りるしかなかった。


最後まで、そのバイクショップには馴染めないままだった。

もし、そのバイクショップに馴染めていたなら、

走り屋の伴侶ができたか

自分が走り屋になって

大好きな港町を毎晩徘徊していたかもしれないね。




思い出深い、刺激的な港町での出来事だ。



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