
著者:あおいしか
バイク復帰してほぼ1年半が経過
やっと気持ちよく走れるようになってきました
はじめの頃は、ガクガク感とかエンストが続いていたティーダこと中古の愛車250TRも、油断さえしなけれほぼ快調
2人とも無理なく走れる距離は、100キロからいきなり200キロを超えました ノリノリの季節が始まったようです
食料や衣類、日常品を山のように抱えて故郷の街に降り立ったカイトとナギ。
2人はしばらく無言で立ち尽くした。2人の実家は跡形もなく、小さな商店街も通った学校も全て消え去りただ瓦礫に覆われていた。2011年3月11日の大地震と津波が故郷を全て消し去っていた。
カイトが訪ねる場所は母と祖母がいる臨時の避難所。ナギも別の避難所の家族のもとに向かった。混乱した故郷に2人の居場所はなく、すぐに東京に戻った。
5月に家族が仮設住宅に入居したとの知らせを受けて、再び帰省した。
再開の時

仮設住宅では、避難所での生活に疲れ果てた母と祖母が生活を立て直そうとしていた。
久しぶりに食べる祖母と母の料理は涙が出るほど美味かった。何より、2人の元気な姿を見られたことに安堵した。
カイトは久しぶりの家族との食事に、かつて大学進学で東京に行く前日に家族で食事をしたことを思い出していた。
楽し気だった父親の言葉の記憶も蘇ってきた。
—- カイト、お前には宝物があっか?
—- 俺にはあんだ。
—- 一番は家族、二番めは船と漁の仲間だ。三番目はな、内緒だ。いづが見せでやっから。
—- んだな、じいちゃんの小屋が。
—- あ、それど、順番つけらんない宝物、そいづは海だ。
母と祖母が、父たちの話題を避けているように感じたカイトは、無意識に言った。
そういえば、じいちゃんの小屋どうなった?
小屋が、まだ残ってっけど、ぼっちゃぼっちゃだ。
ふーん。明日、見に行って来ようかな。
3番目の宝物との時

翌日、カイトはじいちゃんの小屋の様子を見に行った。
久しく訪れる者の無かったじいちゃんの小屋は、静かに時を止めていた。
小屋はかなり傷んで傾いていて、中に入るとじいちゃんが使っていた漁の道具が散乱していた。
散らばっている物を一つ一つ眺めていると、奥にカバーのかかった大きめの物があった。足元に散らばる物を避けながら、近づいてカバーをめくる。
エンジンのようなものが見えた。船外機にしては、記憶に残る物と形状が違う。埃をかぶったカバーをさらにめくると、オートバイだった。
全体が黒とシルバーで、濃いブルーに見えるタンクには、HONDA SUPER FOURの文字があった。
ネットで調べると、NC31型 1992年4月23日発売と出ていた。父の誕生日じゃないか。計算するとその年、父は31歳か。俺が生まれる1年前?
仮設住宅に帰って母にオートバイのことを尋ねた。母は父と紡いだ時について教えてくれた。
父親は若い頃オートバイに夢中だった。母との結婚後も変わらず漁が終わるとオートバイを楽しんでいた。そしてHONDAから父親の理想通りなオートバイが発表されると、無理をして手に入れた。
しかし、直後に母親の妊娠が分かった。そして母と約束した。子供が成人するまでは乗らないと。
あのオートバイは母が妊娠したのが分かってからずっと倉庫に仕舞われていたらしい。
と言うことは、親父は1年もこのバイクに乗ってないのか?カイトは複雑な思いに駆られた。俺が生きてきたのと同じ年月を、このバイクはこの場所でひっそりと過ごしてきたのか。
幼少の頃からバスケに夢中だったカイトは、バイクに興味を持ったこともなかったから父親の宝物のことは何も知らなかった。
CB400SFとの時

被災した故郷で何もできないまま東京に戻ったカイトは、考える間もなく、ほぼ無意識に二輪教習の申し込みに行った。中型免許を順調に取得すると大学に休学届けを出し、再び故郷に戻った。
しばらくは街の復興ボランティアとして無心で働いた。合間を縫って、若いころ暴走族のようなことをしていた兄ちゃんと慕う漁師に教えてもらいながら、CB400 SFのメンテナンスを進めた。
復興の仕事は困難で、休む暇もなかったが、バイクをいじっていると頭の中が空っぽになる。目の前に広がる絶望的な風景に負けそうな日々に、つかの間の救いだった。
CB400 SFは奇跡的にほぼ無傷で、手入れする必要のある部分はほとんどなかった。
20年も動かしてねーのに、新品のまんまだなと兄ちゃんが驚いていた。
最近のとある記事には”発売から20年で高い完成度を誇る「国宝級」のバイク”と書いてあった。
その後カイトは東京の大学から仙台の大学に編入し、朝早くからCB400SFで大学へ通い、それ以外は街の復興に尽力した。
カイトとナギの時

震災で何もかもが変わってしまったけれど、カイトとナギの紡ぐ時は変わらなかった。
大学を2年遅れで卒業、同時にナギと結婚した。
震災から15年が過ぎた。
カイトは30代半ば。海から離れた場所に何とかこじんまりとした家を建てることもできた。母も祖母も、明るさを取り戻しつつある。
ボランティア後、カイトは請われるまま役場に勤めていた。週末ごとに、三陸海岸沿いの海辺や漁港へツーリングに出かけた。息子が小学校を卒業してからは、YAMAHA SR400に乗り始めたナギも一緒だ。
来年、カイトは役場を辞めて漁師になろうと決めており、中古だが船も手に入れた。
ナギと船とCB400SF。
カイトは父親と同じように3つの宝物を手に入れた。もちろん、順番つけらんない宝物、そいづは海だ。
漁師としてカイトは新しい時を紡ぎ始めようとしている。
カイトは、海道と書く。海を愛する祖父が決めた。
ナギは、和祈と書く。地元の神社の神主が名付けた。










