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ソウタはバイクに乗って帰ってきた 僕の頭と相棒のSR400は絶好調

ソウタはSR400に乗って帰ってきた 創作

僕はソウタ。

漢字で書くと、船を数える艘に太。三陸で漁師をやっている祖父に因んで、父が名付けた。

父は本当は漁師のあとを継ぐと子供の頃から言っていたが、祖父に反対されて大学に進学し、サラリーマンになった。

僕は小学校の頃から、夏休みになると父の実家にひとり預けられた。天気のいい日は、毎日祖父の船に乗って海に出た。母の勧めで、僕は中学から進学校に通うことになった。弁護士とか、医師とか、何か偉い人になってほしいと子供のころから言われて育った。

父はまだ漁師になりたい気持ちが消えていなかった。そのせいか、母が塾に通わせたいと言っても、休みのたびに僕を祖父のいる三陸の実家に預けた。


あおいしか

著者:あおいしか

12/11不思議の国ニッポンに生まれ、平和ボケして何となく生きてきて、バイク復帰も運命で決められていたとしか思えない今日この頃。

愛車のナンバーは3830。わかる人にはわかる数字。これからも平和ボケで生きていきたいです。

ソウタはバイクに乗って帰ってきた 僕の頭と相棒のSR400は絶好調

ソウタはバイクに乗って帰ってきた 僕の頭と相棒のSR400は、絶好調

進学校に入学すると、勉強についていくのが大変だった。母は心配して、僕を塾に入れた。高校生になると、受験勉強が本格化し、休みになっても祖父のいる三陸へ行けなくなった。

夢中で勉強していた日々が過ぎ、高校2年の夏休みが来た。塾へ通う道を歩きながら、ふと祖父と三陸の海が、無性に恋しくなった。

ため息の回数が増えた。僕は何をしているんだろう、なぜ生きているんだろう。そんなことを考えるようになった。

そうしてまた1年が過ぎた。大学受験は、第2志望に何とか合格。無事入学。好きなジャズのサークルにも入った。それなりに楽しく学生生活が始まった。


彷徨

彷徨

でも僕は、5月に壊れた。精神を病んだと医師には言われた。親に暴力を振るうようにもなった。自分でもどうしていいか分からなかった。

しばらく休んで、三陸の爺ちゃんの所へでも行ってこいと父は言った。でも母は僕を病院に入れた。

閉じ込められているような気持ちがした。薬もたくさん飲まされた。僕は病気じゃないと訴えても誰も信じてくれなかった。

だから、僕はイライラして暴れることもあった。そうするとベッドに固定されたりもした。半年経つと、僕は朦朧とした日々を送るようになった。暴力を振るう気力もなくなった。

大人しくなった僕は、退院して通院生活になった。1年後、復学したが、もう何にも気持ちが向かなくなった。大学を休み、家に閉じこもるようになった。

母はまた病院へ連れて行こうとしたが、穏やかな父には珍しく母に強く抗議した。そうして、僕は祖父のいる三陸へしばらく移住することになった。



海

祖父は大喜びで僕を迎え入れてくれた。以前のように船に乗っても何もできず、返事もままならない僕に、祖父は何も言わなかった。

そんなふうに3ヶ月が過ぎた。薬だけは飲んでねと母に念を押されたから、僕は何種類もの薬をちゃんと飲み続けた。朦朧とした状態は変わらなかった。


それでも僕は祖父が海に出る日は、必ず一緒に船に乗った。何も手伝えないことが情けなかったけど、祖父は何も責めなかった。



ほがの船こ来たらあぶねがら、見張りしてでけろ。

そいづも大事な船乗りのしごどだから。



そう言って僕に操縦桿を預ける。僕はどこまでも続く海と、リアス式海岸の岸壁や小さな島や、海に突き出た岩や海底の深い色を見るともなく、祖父の仕事をぼんやり観察する。

夜明け前に港を出るから、朝ごはんは船の上で食べる。祖母が作ってくれた握り飯と、ジャーに入れて持たせてくれる温かいみそ汁だ。

漁から戻ると、港の近くの定食屋かラーメン屋で食べたり、家に帰って祖母の作り置きのおかずで昼ご飯を食べる。

夜は、漁で捕れた売れない小さい魚や貝、仲間が分けてくれたタコやカニ、珍しい魚や海藻。近所のおばさんたちが作った野菜などが、盛りだくさんテーブルに並ぶ。

そして寝る。その繰り返し。僕の身体は健康だったけど、頭はまだ朦朧としていた。




出会い

出会い

その年の夏のある日。雨で漁は休みだった。家にいても気持ちが塞ぐので、何となく散歩に行った。漁港の街の小さな図書館まで。

お昼は一軒しかない産直市場で炊き込みご飯のおむすび弁当を買った。店を出て自販機のお茶を買い、外のベンチで食べていた。

目の前の駐車場に、1台のバイクが入ってきた。あまり大きくない、レトロなバイク。ひとつ目のライトが雨に反射してかっこ良かった。

ライダーは、レインスーツの雨粒を振り払うようにしながら、僕の隣のベンチに来た。ヘルメットを取ると、僕の母と祖母の間くらいの女の人だった。

じっと見てしまっている僕に気づいて、その人は僕に言った。

こんにちは。

あ、こんにちは。ツーリングですか?どこから来たんですか?

僕は無意識に話し始めた。一方的にずいぶん話した。祖父母と近所の人以外の人と話すのは、ずいぶん久しぶりだったからかな。

いつの間にか、僕は大学を休学してここにいること、祖父母との日々、船のこと、両親のこと、しまいには自分が病気と言われたことまで話していた。


そんなにたくさん人に話したのは初めてだった。年配の女性ライダーは、へーとかホーとか言いながら、何となく適当に聞いてくれていた。嫌そうな顔はまったくせずに。

だから、僕は安心してたくさん話した。ひと通り話しを聞くと、その人はこう言った。



おむすび、美味しそうだね。

ここに売ってるの?

ええ、そうです。

じゃあ、買ってきて私も食べようかな。

じゃあ、僕はもう帰ります。

話し聞いてくれてありがとうございました。

あ、あのね、私も若い頃、おんなじように病気って言われたの。

それで、家族に言われてずっと薬飲んでたんだけど、もういいかなって。

いきなりやめてみた。

病気じゃないってずっと思ってたから。

もともと、薬嫌いだから1種類しか飲んでなかったし。

やめても別に何も変わらなかった。

で、むかし乗ってたバイク、また乗りたくなって乗ってみた。

そしたら、なんかすごい調子良くなって、毎日楽しくなっちゃった。

バイクに乗るとね、頭の調子良くなるみたいよ。

YAMAHAと東北大が、むかし研究したみたい。 

だから、バイクでも乗ってみたら?

じゃあ、おむすび買いに行くね。またね。







SR400

SR400

僕はなぜかザワザワして図書館に戻った。雑誌コーナーに行ってみた。バイク雑誌を探したら、3冊あった。ぜんぶ持って閲覧室でページをめくった。

いろんなタイプのバイクが載っていた。3冊目の見開きに、僕はくぎ付けになった。ひとつ目のレトロなバイクのキレイな写真だった。

YAMAHA SR 400と書いてある。確か400㏄なら普通自動二輪免許だから、すぐ取れるかな。さっそく、スマホで教習所を探してみた。

少し離れた街にあった。合宿という文字が目に入った。10日程度で卒業できるようだ。

祖父母の家に帰ってから、またバイクのことや教習のことを調べた。出かけてた祖父が帰ってきて、お茶を飲みながら話してみた。

僕、バイクの免許取りに行きたいと思うんだけど、じいちゃん、どう思う?

バイクが?乗りだいのが?バイクより船の免許取りさ行ったらどうだ?わげーがら、今から始めだら稼げっつぉ。

うん、それも考えてる。その前に、バイク乗ってみたいんだ。

なんでまだ、急に。

うん、今日産直で会った女の人が言ったんだ。バイク乗ると、頭の調子良くなるかもって。

んでも、ぼやんとすんのに運転してだいしょぶなのが?

船に乗るにも、ぽやんとしたままじゃだめでしょ?

んだなあ。板子一枚下は地獄って言うがらな。ぼやんとしてっとあぶねぇんだ。たしかに。







ソウタはバイクに乗って帰ってきた

ソウタはバイクに乗って帰ってきた

僕はすぐに合宿に申し込んで、順調に普通二輪免許を取得した。事前に、僕が飲んでる薬のことを調べてネット診察に相談、最低限の薬だけ飲み続けることにした。運転時ぼやんとしないよう、飲む時間も調整した。

合格した後、いったん実家に帰り。両親にバイクに乗ることを報告した。父は僕の元気な様子を見て、喜んで資金を貸してくれた。稼いだら返してくれよ、と笑いながら。

影でこっそり、父が言った。

俺も若い頃乗ってたんだ。漁師になるの諦めたとき、バイク買った。

定年になったら、また乗るつもりなんだ。

そしてな、こっそり漁師になるんだ。

そう言って、父はニヤニヤ笑った。




僕が相棒に選んだのは、YAMAHA SR400 グレーイッシュブルーメタリック4。

三陸の岩場の深い海の色に似てたから。

それからしばらく、祖父母の家で、船とバイクとの日々を過ごした。操船も覚えた。日の出前に起き、夜8時には寝る。充実した健康的な日々に、いつの間にか薬を飲むことを忘れていた。

でも、僕の頭と相棒のSRは、絶好調だ。







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