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思い出はハンターカブに乗ってやってくる ~どうでもいいけどとんがらし~

ハンターカブのとっさん 創作

昔お世話になったバイク屋の店主、通称とっつぁん。

私がバイク屋へあまり行かなくなった頃知った。とっつぁんには、借金が山程あったこと。


あおいしか

著者:あおいしか

12/11不思議の国ニッポンに生まれ、平和ボケして何となく生きてきて、バイク復帰も運命で決められていたとしか思えない今日この頃。

愛車のナンバーは3830。わかる人にはわかる数字。これからも平和ボケで生きていきたいです。






思い出はハンターカブに乗ってやってくる ~どうでもいいけどとんがらし~

思い出はハンターカブに乗ってやってくる ~どうでもいいけどとんがらし~

私が東北を離れてから、バイク屋を辞めてタクシードライバーになったという噂を聞いた。

それから十年くらい後。紆余曲折を経て、やっと一人暮らしが落ち着いた頃。実家から電話がきた。

むかしバイク屋をやっていて、娘さんにお世話になりました、という男の人から電話があったと。連絡してほしいとのことで、電話番号を知らされた。



バイク屋のとっつぁん

バイク屋のとっつぁん

昔のバイク屋といえば、プータロー時代に毎日のように通ったあの店しかない。

しばらくしてから、電話してみた。あの頃のままの懐かしい声が聞こえてきた。やっぱり、とっつぁんだ。くしゃくしゃの笑顔が思い浮かんだ。


懐かしい。いろいろあって、最後は気まずい思いで店へ行かなくなった。故郷を離れる前、一度だけ、とっつぁんがロックバーに誘ってくれた。

そのことも、常連さんの間で不倫疑惑として囁かれ、嫌われる原因になった。お互いにそんな気は全くなく、どこか同志のような気配を感じていたのだが。


バイク屋は辞めたけど、借金返して落ち着いたから、里帰りするとき寄ってみて、と言う。お盆休みに、会いに行く約束をした。

とっつぁんは、奥さんの故郷にいるようだ。またよりを戻したのかな。離婚の理由は、奥さんを借金の犠牲にしたくなかったからだと、風の噂で聞いていた。




10年後

10年後

当日、新幹線のホームから電話をしたが何度かけても繋がらなかった。約束の時間になったが、どこへ行けば良いのかわからない。

途中下車せず、まっすぐ実家へ向かった。その頃、私は実家でもギクシャクしていた。腰を落ち着けることなく、居心地の悪さに実家を飛びだした。新幹線で衝動的に秋田へ向かった。

秋田に着いた時、携帯が鳴った。とっつぁんだった。

なんだ、待ってたのに。いまどこ?

秋田です。

何で?約束したのに〜。

電話したら誰も出ないから・・・実家にもいたくなくて。

いや、いつも転送にしてんの。他の場所にいっから。

なんだ、そうなんですか。残念。



とっつぁんとはそれきり。また連絡が途切れた。



震災 どうでもいいけどとんがらし

震災 どうでもいいけどとんがらし

その翌年3月に、東日本大震災が発生した。とっつぁんがいたのは、福島の相馬だ。原発と津波、被害がどれだけあったのか。無事なのか。登録してある番号にかけてみたが、不通。

それから、自分の生活に追われ、気にはなっても探すすべもなく、とっつぁんの噂すら流れてこなかった。


震災の翌年、私は故郷に舞い戻った。パート先が近かったので、むかし通ったバイク屋のあった場所へ行ってみたが、面影もなかった。

何もかも変わってしまったように見えたが、近くの蕎麦屋はまだ残っていた。ご飯時だったのもあり寄ってみると当時のままの空間だった。

蕎麦屋なのに、とっつぁんはうどんばかり食べていたのを思い出す。その時の私は流行り歌で聞き覚えたセリフを言っていた。

『どうでもいいけどとんがらし、そんなにかけちゃよくないよ』   (中島みゆき 蕎麦屋)



25年後

25年後

震災から、15年が過ぎた。2年前に、私はバイク復帰した。1日に走れる距離も増え、200km程度なら苦も無く走れるようになった。

まだ近場にしか行けなかった頃、たまたま出くわしたライダーに勧められた快適な道。いつしか自然にその道がお気に入りになった。

震災後に整備された復興道路、宮城県道10号塩釜亘理線、福島県道・宮城県道38号相馬亘理線だ。信号が少なく、嵩上げされた快適な道。

海はさほど見えないが、ひたすら海岸に沿って続く。特に福島に入ると、ほぼノンストップで走り続けることができる。



思い出はハンターカブに乗ってやってくる

思い出はハンターカブに乗ってやってくる

ある晴れた春の日。私は何となく気が向いて、県道38号線をひた走り、相馬の松川浦へ向かった。松川浦大橋を渡ると、道の東側は太平洋、西側は汽水湖。素晴らしい眺望が広がる。

その道の途中の岸壁にバイクをとめて、いつものように道の駅で買ったお弁当を食べていた。平日休みの私がその道を走る時は、たいてい交通量がかなり少ないわりに、バイクの割合が多い。

海ではなく、通り過ぎるバイクを見ながらお弁当を食べていた。ヤエーという、あまり好きではない響きのサインを送りながら。軽く片手を上げるだけのサインだ。

しばらく静かな時間が過ぎた。食後の缶コーヒーを飲んでいると、南方向から小さなライトがこちらに向かって来た。すぐ近くまで来ると、ハンターカブだとわかった。

後部に箱が積んである。仕事か?近所の人か?じっと見ていると、向こうもこちらに顔を向けて見ている。
とっさに手を上げてヤエーした。ハンターカブのライダーは、手を上げながら、こちらを3度見した。最後は振り返るようにして。

少し先まで走ると、減速してUターンしてきた。思い切り手を振っている。知り合いか?相馬に知り合いいたっけ?そもそも、地元にすらバイク乗りの仲間はいない。SNS繋がりか?

目の前まで来ると、ヘルメットの中の顔がくしゃくしゃの笑顔だった。あれ?あの顔は・・・
とっつぁん!!!


あー、あおちゃん!だよね?

そうですよ!とっつぁんですよね?!
やっと会えた!

ほんとに。

生きてたんですね!

そうなの、生き延びちゃったわけ。

あおちゃんも、元気そうで。バイク乗ってるんだあ!

そうなんです、復帰しました。奥さんもご無事で?

なんとかね。

良かった、ほんと良かった。

今はどちらで、何してるんですか?

うん、小さいカレー屋やってんの。

前に連絡したとき、あおちゃんに味見してもらおうと思って連絡したんだけどね。

そうなんだ。

今度こそ来てよ、今日は休みだから。

はい、ぜひ!



とっつぁんは生きていた。ハンターカブに乗っていた。美しい海岸沿いの道を走ってきた。
やっと会えた。

とっつぁんのいる街に続く復興道路、この道が、さらに好きになった。


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