今年、俺は定年を迎える。勤続45年。よくもまあ、続いたものだ。俺は2月生まれだから、今年の3月末で終了だ。再雇用は受けないことにした。残りの人生は、やりたいように生きたいからだ。
俺の職業はゴミ収集車のドライバー兼作業員。
本当は、ブルー・インパルスのパイロットになりたかった。子供の頃から、空の訓練飛行を見て育った。ブルー・インパルスの地元宮城に生まれた男子なら、いつか自分もあのカッコいい航空機に乗って飛びたいと、一度は思ったはずだ。
高校を無事卒業して、山口県の航空自衛隊、第12飛行教育団に入団するつもりだったが、受験に失敗して一浪だ。でも、いつかきっとインパルスに乗れると、俺は信じていた。
しかし、インパルスに乗るまでには、ずいぶん回り道が必要だった。

著者:あおいしか
12/11不思議の国ニッポンに生まれ、平和ボケして何となく生きてきて、バイク復帰も運命で決められていたとしか思えない今日この頃。
愛車のナンバーは3830。わかる人にはわかる数字。これからも平和ボケで生きていきたいです。
ずいぶん回り道はしたけれど

予備校生活をしている頃、隣の一人暮らしのばあさんの家に怪しい奴らが毎日来るようになった。ある夜、予備校の帰りに友達と夕飯を食べてきて帰りが遅くなった。
隣の家の前に、高そうな車が2台停まっていた。カーテンの閉まった家の中から、怒鳴る声が聞こえてきた。しばらく聞いていると、尋常ではないと感じた。
俺は迷わず玄関を開けて、ばあさんを呼んだ。強面の男が出てきた。ばあさんの姿は見えない。ここのばあさんは?と男に聞いた。留守だと言う。
奥からばあさんの唸り声が聞こえた気がして、俺は男を無視して家に上がり込んだ。奥の部屋にばあさんはいた。横には、男がナイフを持って立っていた。
高校で俺は柔道部に入っていた。親父にくっついていって、幼稚園の頃からやっていた。だから、腕には自信があった。
男に飛びかかってナイフを奪い、背負い投げして押さえつけた。もう1人はすぐ後ろにいて、バールを持っていた。即座に、片足でそいつの足をはらい除けた。
奴が転んだ場所にナイフがあった。手に取って、俺を刺そうとする。もみ合っているうちに、そいつは茶箪笥の角に頭をぶつけて倒れ、それきり動かなくなった。
逃げようとするもうひとりの男を、俺はナイフを拾って刺した。無意識だった。男は一命を取り留めた。奴らは、一人暮らしのばあさんを狙って、土地を手に入れようとする地上げ屋だった。
その後、俺はばあさんの証言もあって、正当防衛となった。自衛隊を諦めなくてもいいと助言をくれる大人もいたが、罪悪感からその道を諦めた。
希望をなくして俺は荒れはじめ、ゲーセンやパチンコにばかり行くようになった。そんな俺を心配して、仙台の叔父がゴミ収集車仕事を勧めてくれた。
叔父は、大学の環境科学科を卒業して、この仕事に就いた。ゴミと聞いて、俺は抵抗を感じたが、叔父があまりにも環境のことや仕事のことを熱く語るので、俺の考えも変わった。
ゴミ収集車の仕事は、地方公務員なので待遇が良いのも魅力だった。平均以上の給与と高い退職金や安定した福利厚生が約束されている。
それから45年。時々会うようになった叔父の話や日々の仕事から、俺もこの国の環境に、強い関心をもつようになった。
W650と共にようやく走り出した俺の人生

いつしか、定年後はあちこちの自然を見て回ろうと思うようになった。妻は昔バイク乗りで、数年前にリターンした。あなたも乗りなさいよ、とやんわり勧められてきた。
あちこち見て回るのに、バイクもいいかもなと考えていた。どうせなら桜の季節に走り始めたい。なぜか俺は、桜が好きなのだ。2月の誕生日の記念に2輪教習に通い始めた。いきなり大型だ。
妻に連れられ、中古バイクショップを回っている時に、1台のバイクに目が釘付けになった。心の奥底に封印していた記憶が、洪水のように溢れ出た。なんだこの感覚は?
目の前にあったのは、ブルー・インパルスだった。少なくとも俺には、そう見えた。俺の相棒はコイツしかない。即決で頭金を払った。納品は免許取得まで待ってもらうことにした。
桜の開花宣言が始まった。もうすぐ俺は自由になる。
念願の、ブルー・インパルス乗りになるのだ。
走り出すのに、桜の季節はまさにふさわしいと、俺には思えた。
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