私は自転車の前と後ろにヘルメットとグローブとショートブーツを積んだ。
背中には中古で買ったプロテクター入りジャケットの入ったリュックを背負った。
まるで夜逃げの体裁だ。
もうくたびれているママチャリはペダルが重い。それでも向かうは東南方向。広瀬川を下っていくことになる。
目には見えないゆるい下り坂だから、さほど大変ではない。
約6kmの行程をひたすら走る。
今日は25年振りにバイクで公道を走るのだ。
それも、レンタルバイク。
無謀か?
第24章:いきなりレンタルバイクでツーリングは無謀?料金は無料

自転車でレンタルバイクショップに向かう途中、不安でいっぱいの私は、途中の神社へ立ち寄った。
バイクに乗る夢が実現しつつあるお礼と安全を祈るためだ。
参拝から戻ってくると、駐車場の隅に止めた自転車は風にあおられて倒れている。
ヘルメットはまだ未使用なのに、路面に激突していた。
えんぎわる。
レンタルバイク料金無料チケット

大人のバイクレッスン参加後のオンラインアンケートの謝礼として頂いたレンタルバイク無料チケット。
それを使うことに決めたのだ。
なぜ、もう少しだけ早く、桜の咲く頃に走らなかったのか、今でも謎だ。そして、とても惜しい。
やはり、レンタルバイクに乗るべきだ、そう決意するまでに時間が必要だったのだろうか。
無料チケットを頂いてから、半年以上経過していた。
しかし、乗ると決めたら行動は早い。
謝礼として頂いた商品券に少し足して、ヘルメットとブーツとグローブをネットで購入した。
ジャケットは、メルカリで中古で買った。
どれも、確かなメーカーだけどかなり価格の安い物を選んだ。
レンタルバイクだから、たった一度走れれば充分だ。そう考えた。
一方では、その先の可能性も頭のどこかにあったはずだけど。
時はコロナ禍真っ最中。ヘルメットはじめ装備のレンタルは一切中止されていたから、購入する以外道はなかったという理由もある。
もう一度バイクに乗る、そんな決意が、その時固まったらしい。
鳥の海に行こう!

事前に行き先を決めておいた。
その頃、まだスマホを持っていなかったし、ナビを使う気も全く無かったので、毎日パソコンでGoogleマップを見て経路と行き先をチェックしておいた。
ついでにネットプリントした何枚もの地図を荷物に忍ばせた。
交通量の少なそうな、迷わなそうな、単純そうな道を選んで、南へ向かうことに決めた。
最終目的地は、鳥の海。
直行すればほんの30数キロ、往復しても2時間はかからないだろう。
海岸にポツンと温泉施設がある。その向こうには太平洋。砂浜の海岸があるはずだ。
はずだ、というのは、あの3.11の津波によって、沿岸の風景はがらりと様子を変えたからだ。自然の力だけではなく、その多くは人の力で変えられた。
もう、内陸側からは海が見えない。代わりに、人の命と生活を守るために造られた高い防潮堤が海沿いのあちこちに見られるようになった。
それが正解だったのかそうでなかったのか、私にはわからない。
だけど、ただただ、海が遠くなったことが寂しくてたまらない。
いざ、出陣

ショップで借りたのはセロー250。30年ほど前に乗っていた2台目のバイクが、初代セローだったから、これならなんとか乗れるだろう、そう目論んだ。
受付と着替えを済ませ、ショップのスタッフからセローの簡単な説明を受けた。キーを私に手渡すと、実にあっさりと、スタッフは去った。
え?
見送ってはくれないの?
呆然と立ち尽くす私。ここから先は、たった一人で何とかしないといけないのだ。
わかりきっていたことだが、急に怖ろしくなった。
ダメなら戻ってくればいい。公道の手前で止まって押して戻るか、スタッフを呼びに来てもいいのだ。
貴重品とコンデジだけ入れたリュックを後部座席に括りつける。
跨って、セルをオン。
25年ぶりのバイクツーリング

ふらふらしながらゆっくりアクセルを開ける。ショップの敷地を出ると、未舗装のやたら凸凹した路地から公道に出る。
スピードを出す車が多く、交通量も多い4号線を横切って、マイナーな道を予定通り進む。
身体がバイクに置いて行かれそうな感覚。ウインカーがうまく操作できない。何もかもがぎこちない。そこへ強めの風が追い打ちをかける。身体が煽られる。
途中から地図で見ていた道の記憶が途切れ、気が付けば、印象的な風景の道。
帰宅後に調べたら、伊達政宗公が植えたといわれる「あんどん松」。津波に負けず生き残ったクロ松の並木だ。
性能の良さが評価されているセローだけあって、公道走行25年ぶりにしてはほとんどエンストせず。
それどころか、ぎこちないライダーの私にかまわず、初代とは似ても似つかないエリートバイクは、前へ前へと進んで行こうとする。
乗り手の私以外は実にスムースだ。道をいくつも間違えて行き止まりになっていても、思い切ってUターンしてみた私を、セローは放り出すことをしなかった。
そんなこんなで無事目的地に到着。身体がぐったり疲れている。手には汗。ヤマハの洗える革グローブは、初日にして、もう手に馴染んでいる。足には力が入らない。軽く震えがあるようだ。
目的地、鳥の海

汽水湖である鳥の海を見渡すベンチで、途中の店で買った安いお弁当を頬張る。
そうそう、こういうことがしたかったんだ。バイクでなければできないこと。
空腹を満たした後、高くそびえたつ防潮堤の向こう側へ歩いて行った。
防潮堤の向こう側は、一日中強く吹いていた風が止まっていた。
音もあまり聞こえない。まるで時が止まっているかのように思えた。

波が低く静かに寄せては返し、遠くに人の姿が小さく見える。動いているのは、それらだけ。
自分がいるのは、何時の海なのか。あの時のままなのか、それとももうここには無い世界なのか。うまく言えないけれど、なんとも不思議な感覚に包まれた。
疲れがドッと出たらどうしようと迷ったけれど、温泉に入ることにした。
広い土地にポツリとある小さなビル。ホテルに併設の「わたり温泉 鳥の海」だ。
お湯はまったりトロトロツルツルだ。蔵王連峰、または太平洋が見渡せる。
帰還

帰り道は、どうしても6号線から逸れることができず、怒涛の車の渋滞にはまってしまう。
大型トラックがひしめき合っている。こわい。
低速走行を余儀なくされ、左手の指がつりそうになる。とっさに路地へ逸れる。
行きついた先は、竹駒神社入り口。
衣食住をお願いしている神社だ。呼ばれたのかもしれない。無視することもできず、参詣。
4号線を避けて、迷いながら時間制限ちょっと前にショップに無事帰着。
高年齢、25年ぶり、たった一人、不安要素しか無い客がやっと帰ってきた、そんな気持ちだったであろうスタッフが温かく迎えてくれた。
いきなりレンタルバイクでツーリングは無謀? まとめ

レンタルバイクを返却した後、夜逃げ風の自転車で、自宅へ帰る。
夕暮れ時のゆるい上り坂を6km。
心身共に疲れ切っていたが、達成感と満足感に満たされてもいた。
私は、まだバイク乗りだ。