とっつぁんのバイク屋には、常連がけっこういた。ただ者ではないライダーたちもたくさんいた。私がまだピカピカのバイク女子時代の話だ。
横浜の某有名ショップのような見るからにツワモノという訳ではない。ほとんどがもの静かで、一見するところ普通の人たちだ。しかし、ひとたびバイクに跨ると豹変する。
その中に、明らかにただ者ではない雰囲気をまとったライダーがいた。身長は低めで、足はいつもピタピタのタイツのようなパンツにブーツ。
ジーンズなどでは窮屈だからと言っていた気がする。太めで、お腹が出ていた。前傾の走り屋タイプのバイクに乗っていたためでもあるのかな。

著者:あおいしか
12/11不思議の国ニッポンに生まれ、平和ボケして何となく生きてきて、バイク復帰も運命で決められていたとしか思えない今日この頃。
愛車のナンバーは3830。わかる人にはわかる数字。これからも平和ボケで生きていきたいです。
テラさんはガンマと共に遠くへ行った ~バイクは股で曲がるんだよ~

テラさんが乗っていたバイクは、私にはまったく興味のないレーサーレプリカというタイプ。走り屋がこぞって乗り始めた2スト車だ。
2ストブームで人気があったのは
- 「最強の2スト」と称される ホンダ NSR250R (MC18/88年式)
- 街乗りでも扱いやすいと人気の名車 ヤマハ TZR250 (1KT/1985-1988)
- 世界初のカウル付きレプリカ スズキ RG250Γ (ガンマ/1983-1987)
- NSRの前身アルミフレームにV型3気筒エンジンを搭載 ホンダ NS250R (1984-1987)
- 水冷並列2気筒の名機 ヤマハ RZ250R/RR (1980年代前半)
テラさんのバイクは、スズキRG250Γ。通称ガンマ。
軽量かつ過激な加速を誇り、『レプリカ全盛時代』を切り開いたバイク。
バイクは股で曲がるんだよ

バイクでコーナーを曲がるときは、股で曲がるんだよ。と、ニヤニヤしながら教えてくれたのは、テラさんだ。
何十年後の今、バイク復帰した私にとって、その言葉が一番しっくり来る。なるほど、その言葉を意識すると確かに曲がりやすい。
バイク女子時代には、股で曲がるの意味がちっとも分からなかった。それがなぜか、今とてもよく分かる。
テラさんも例にもれず、バイク屋に来て常連仲間と過ごす事が多かった。でも、走りに行くときはいつも一人だ。とっつぁんの話によると、テラさんの走りは半端じゃないらしい。つまり、かなりのスピード狂ということだ。
テラさんが店を出て行くのを見送るとっつぁんは、心配そうな表情を隠せない。私はそれを見逃さなかった。
バイク屋の仲間に会いには来るけど、口数は少なかった。世代がひとつ若い仲間たちの話を聞きながら、テラさんは同年代のとっつぁんと無言で顔を見合わせてはニヤニヤ笑っていた。
会話が盛り上がる中、テラさんは静かに立ち上がる。微かにほほ笑んで、ヘルメットをかぶると店を出ていく。これから走りに行く時はいつもそんな感じ。
走り終えた日は、夕方ごろ店に現れる。乱暴にヘルメットを脱ぐと、長めの髪を振り払いながら、黙って店の隅の椅子に座る。
とても疲れた様子で、表情もどことなく険しい。意識がどこか違うところへ行っているようにも見えた。仲間がいても、無言だ。
でも、誰も気にしていない。話しかける人もいない。今思えば、皆んなすべて分かっている、そんな雰囲気だったかもしれない。
テラさんはガンマと共に遠くへ行った

バイトやツーリングに忙しかったためもあるが、いつの頃からか、私はなんとなくギクシャクし始めたバイク屋の常連さんたちと距離を置くようになった。
毎日のように用もないのに通ったバイク屋へ、一ヶ月ぶりで顔を出した。何の意図もなく、ふとテラさんのことを思い出して聞いてみた。
テラさん元気ですか?
とっつぁんは顔をくしゃくしゃに歪め、無理に笑顔をつくって、ポツリと言った。
あ、テラさん、いっちゃったの。
え、どこ行っちゃったんですか?
遠く。
え、ツーリングですか?
うーん、帰って来れないとこ。
あ。。。
なんとなく、私は悟った。死んじゃったんだ。
その日は会話も盛り上がらず、複雑な気持ちで家に帰った。
特別仲良くしていたわけでもなく、私もまた口数が多い方ではなかった。だから、単なるバイク屋の常連さんの中の一人でしかなかった。
だけど、テラさんの「股で曲がるんだよ」のひと言と、店を出ていく時の雰囲気と強烈なタイツ姿と、死んだことを知った日のことはなぜだかずっと忘れられない。










