私の名前はミコ。
幼なじみは隣の自転車屋のマコ。不愛想な男の子だ。
マコの影響でバイクに興味を持ち、初代ヤマハTWでバイク乗りとなった。
『マコとミコ』このフレーズに聞き憶えがある人にだけ、もう一つの『マコとミコ』の物語を話そう。
ハーレーの似合う男・丘の上のもう一人のマコ・すれ違う日々

実はもう一人、マコという男の子を、私は知っている。
彼の名はマコト。彼をマコと呼ぶのは私だけだ。マコの家は丘の上に建つ、一目でお金持ちと解る洋館風の大きな建物だ。高い塀で中は伺い知れない。
近所のうわさ話に詳しい母の話では、マコは小さい頃に何処かからもらわれてきたと言っていた。
ちなみに、私は長女でありながら、橋の下から拾われてきたと言われていた。親の言う事を聞かず、叱られることばかりだったから。昭和の子供はみんな、叱られるとそう言われるのだ。言うことを聞かないと、しまいには山に捨てるぞとも言われる時代のことだ。
子供の頃の私はわんぱくで、毎日のように未舗装だった歩道で走りまわっては転んでいた。だから、膝小僧にはいつも赤チンが塗られていた。多くの子供がそうだった。
赤チンには毒性があると言われ製造終了になったのはずっと後の話。
丘の上のもう一人のマコ

そんな時代なのに、もう一人のマコはいつも小綺麗で静かで、どこか寂しそうな雰囲気のおとなびた少年だった。そして、美少年でもあった。
いくつか年上で、たまに顔を合わせることはあっても、一緒に遊んだことはない。たった一度だけ、外で一人で遊んでいる時に声をかけてくれたことがあった。
いつも、一人で遊んでるの?
ううん、いつもマコちゃんと遊んでる
もう一人のマコは、ふと寂しそうな表情をした。あとは二人とももじもじして会話が続かず、それっきり。それだけのことだけど、今でもなぜかその時のことは忘れていない。
年をとった今だから言葉にできるけど、幼いながら私はこう感じていたのだろうと思う。
なにかが自分と似ている。誰にも理解されない思いを抱えて、とても孤独でどこか生きづらさを感じている。彼も同じだったのだろう、と。
孤高をまとったハーレーの似合う男

あれから20年の歳月が立った。
私は故郷を離れ関東で暮らしていたが、東日本大震災と生活破綻をきっかけに故郷に舞い戻ってきた。
洪水は私の町まではやってこなかったけれど、震災の影響はそこかしこで見て取れた。
二人のマコは、まだ故郷に住んでいた。
隣の自転車屋のマコは自転車屋の後を継いでいた。店には『HONDA』の看板が新しく追加されている。
マコは自転車とオートバイの店の主人として、今日も店先で自転車の修理をしている。
丘の上のマコは、まだ住んでいるという噂だけで、町で見かけることは無かった。洋館風の建物は記憶のままそこにあったが、インターフォンを気軽に押せる雰囲気では無かった。
故郷に帰った私は、30年ぶりにバイクに乗り始めた。必然だった。
古い250ccのKAWASAKIだ。ある日、私はKAWASAKIで海岸線を流した後に、行きつけのカフェに寄った。テラス席から海が眺められ、何時間居ても飽きないお気に入りのカフェだ。
カフェの前に一台の黒いハーレーが止まっていた。カッコいい!
堂々とした大きな車体はメッキをまとい、圧倒的な存在感を放っていた。
しばらく立ち止まって見とれた。いつかハーレーに乗りたいと思っていた。だから、一目でそれがハーレーだと分かった。後でネットで調べると、ハーレーFLH 1200だった。
ヘッドカバーがショベル(スコップ)に似ていたため、ショベルヘッドと呼ばれていた1970年頃のFLH 1200に思えた。
カフェに入りハーレーのオーナーを探すように店内を見渡すと、マコがテラス席に居た。
何十年ぶりだけど、一目で丘の上のマコだと解った。
黒革のジャケットを着たマコは小綺麗で静かで、どこか寂しそうな雰囲気も子供の頃のままだった。むしろ歳を経たぶんだけ研ぎ澄まされた孤高感がマコを包んでいた。
テラス席にいるマコに、私は話しかけることが出来なかった。
店の奥に席を取った私は、マコが気づいてくれることを願った。しかしマコが席を立ち、私の横を通って店を出るまで私に気づくことは無かった。
私はただハーレーの咆哮が遠ざかっていくの聞きながら、冷めた苦いコーヒーをひとくち含んだ。

またある日、お気に入りのカフェに別の1台のハーレーが止まっていた。調べてみたら、1980 FXWG WIDE GLIDE。赤い炎のタンクが強烈だった。
カフェのテラス席には、丘の上のマコがいた。
一瞬だけど少しだけ口の端が上がって、すぐに元の無表情に戻ったのを私は見逃さなかった。
マコは私に気づいている。
私は確信した。しかしマコも私も話しかけることはしなかった。別々にカフェで同じ時間を共有した後、マコはカフェを後にした。
私の席からは、マコがハーレーに乗り込む様子が見えた。儀式を行うようにゆっくりとヘルメットを被り、左手から革グローブをはめ、ふっと一息ついた後にエンジンに火を入れる。
それまでの静寂が暗転するかのように、刹那に独特な排気音が響き渡った。しばらくエンジンを温めた後に、マコは店内に目をむけた。ミラーシールドで視線は見えなかったけど、目が合った気がした。
動き出したマコは、堤防沿いの道に消えていった。
ハーレーを乗り換えたのか、2台を所有しているのかは解らない。
けれどどちらのハーレーもマコに良く似合っていた。バイクは基本的に一人乗り。孤独を楽しむ乗り物だ。
ただただ、ハーレーのカッコよさを改めて認めたのだった。
すれ違う日々

その日から、自分のアパートの前を走り去る雷のようなエンジン音を聞くたびに、あれはどっちのハーレーかな?と、聞こえなくなるまで耳をそばだてるようになった。
高額なハーレーは、自分の人生には無縁。現実的に考えても、重くてどうにもならない。
だけどハーレーに乗る自分の姿を思い浮かべずには居られなかった。ハーレーを繰って道をどこまでも突き進む自分の姿を私は何度も思い浮かべた。
何もかも捨て去って、新しい自分でやり直せたら。
バイク復帰した私は、いつかマコのハーレーとすれ違うこともあるだろう。
でも、たぶん、お互いに知らんぷりするに違いない。お互いに気づいていながらも。
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