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プロローグ:「また、バイクに乗るの」と彼女は言った

プロローグ バイク女子

五月晴れの土曜日、私は期せずして一台のバイクを契約した。気持ちの良い風が吹いていた。最後のバイクを手放してから、25年が過ぎていた。

私はとある公共施設の庭の掃除と植物の手入れをしている、パートのおばあさんだ。もう還暦を過ぎている。そんなおばあさんとバイクがどういう関係があるのか。

22歳で中型二輪免許を取得した。それから20代後半まで毎日のようにバイクに乗っていた。結婚を機にあまり乗らなくなった。30代後半に2度の事故をきっかけに、あっけなくバイクを手放した。


そういう関係だ。



著者プロフィール

名前:みどりのシカ

女性だけどバイクに魅せられた。20歳で初めて自転車に乗れるようになり、その2年後に中型二輪免許取得。きっかけは片岡義男「幸せは白いTシャツ」と三好礼子氏との出会い。

20代の頃、ほぼ毎日オートバイに乗っていました。遠くは四国、沖縄まで旅をしました。

わけあってオートバイを手放してから、かなりの年月が経過。また乗りたい気持ちを抱えてジタバタしています。


もう一度バイクに乗ろうと思い立った

もう一度バイクに乗ろうと思い立った

それから20数年を経たある日、ふとしたことからもう一度バイクに乗ろうと思い立った。人生を終える前に、たった一度だけ乗ってみたい、そういう気持ちで「ヤマハのバイクレッスン」へ申し込んだ。

気持ち良くカーブを曲がってきた私に指導員が笑顔で言った。

「乗れてるじゃないですか!」

その言葉をきっかけに、レンタルバイクに3度乗った。3度めに立ちごけして心身共にダメージを受けた。そこで、もう辞めようと思うのが普通だろう。

しかし、怪我の回復と共に、レンタルでは無理がある、買うしかないという思いに至った。バイクを楽しむには、自分のバイクを所有して何度も乗るしかない、そういう結論に達したのだ。生活費もままならない一人暮らし、資金のあても駐車場も無いのだけれど。


バイク探しが始まった。

私の決意は揺るがなかった

私の決意は揺るがなかった

車種を絞り込むのに1年かかった。好みとこだわりは捨てきれず、性能だけでバイクを選ぶこともできなかった。3車種くらいに絞りこんだが、いずれも製造終了しており、中古車しかない。地元で実車を確認するのは容易ではなく、ネットで新着情報を確認する日々が続いた。

気になるバイクを見つけたら実際に見に行って跨ったり、エンジンの音を聞いた。どれもしっくりこなかった。なぜか行く気になれなかった、ネットに在庫情報が出ていない全国展開の大型チェーン店3店舗に行ってみた。

同年代の営業さんが接客してくれた3店舗目で、期せずして第一候補のバイク情報を得た。実車を見ることなく、契約まですんなりと進んだのだった。

契約の書類を書きながら、ローンの総額に視線がくぎずけになった。店頭で目についたスレンダーなハーレーの中古車体価格より高い数字が打刻されていた。カウンターの私はしばらく固まった。とんでもない道に進んでしまっているような気がした。

ローンが払い終わるのは60代半ば過ぎだ。その頃、私はどうやって暮らしているのだろう。想像もつかなかった。大きな不安が湧き出てきた。いいのかこれで。息詰まりそうな思いとともに、プリントされたバイクの写真を見つめる。


私の決意は揺るがなかった。


また、バイクに乗るの

また、バイクに乗るの

3ヶ月前、バイクを買うしかないと最終的に決意した日、押し入れの奥に隠してあったヘルメットを部屋の隅に出して置いた。母や妹が部屋に来た時に見られないように隠しておいたものだ。

そんなタイミングに、母と妹が部屋に来た。

「なにあれ?」

彼女たちは部屋に入るなり、すぐにヘルメットに気がついた。こうなったらもうしかたがない。私は言った。

また、バイクに乗るの

表情を変えるでもなく、2人とも何も言わずに用事を済ませて帰って行った。

バイクを契約した日、平静を装って実家の母に会いに行った。いつものように世間話が続き、唐突に母は言った。

「○○ちゃんがバイクの免許取りに行くって」

姪っ子がバイクの免許を取りに行く。しかも、家族に相談もなく自分で決めてから報告したそうだ。母は、就職が決まっていないのに呆れてものが言えない、そうも言った。

あの頃の自分を思い出して泣きそうになった。教習所へ通うことも、バイクを買うことも、すべて事後報告だったのだ。就職にも失敗してフリーターの道へ進んだ。母のうろたえる姿もあの頃と重なって見えた。


まさかの姪っ子が私の背中をそっと押した。


再び幕を開けようとしている

再び幕を開けようとしている

話の流れで、私もバイクに乗るつもりだと再び言ってみたが、実家や他人に迷惑をかけるなの一点張りで、聞く耳を持たず。視線をそらして、母は急に話題を変えた。バイクを買うとは言えなかった。


こうして私のバイクライフが、再び幕を開けようとしている。



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