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第10章:三陸の民宿で出会った若女将の言葉は、彼女の中を漂い続ける

旅館の若女将との会話 バイク女子

バイクは自由の象徴だ。



けれど自由の意味には、バイク乗りとそうでない人との間に大きな隔たりがある。

バイク乗りにとっては、暑い、寒い、疲れる、痛い、怖い。

様々な困難との闘いの果てに得られる勘違いのようなもの、それが自由。

バイクに乗らない人にとっては、憧れだったり、手に入れることのできない自由の象徴に映るらしい。



そんな見え方の違いを目の当たりにする出来事があった。

青森県三沢への旅の途中でのことだ。


著者プロフィール

名前:みどりのシカ

女性だけどバイクに魅せられた。20歳で初めて自転車に乗れるようになり、その2年後に中型二輪免許取得。きっかけは片岡義男「幸せは白いTシャツ」と三好礼子氏との出会い。

20代の頃、ほぼ毎日オートバイに乗っていました。遠くは四国、沖縄まで旅をしました。わけあってオートバイを手放してから、かなりの年月が経過。
けれど幸運なことに、いきなりバイク復帰しました。25年ぶりの相棒は、KAWASAKI 250TR。愛称をティーダと名付けました。ただいま、自分慣らし中です。




青森県三沢へのツーリング

青森県三沢へのツーリング

ふと、三陸の海沿いを走ってみようと思い立った。

きっと海を存分に見渡しながら気持ちよく走れるだろうと、夢を膨らませた。

当時の私は思い立ったら即、家を飛び出して旅に出るのが日常だった。




青森県三沢には知人がいるので、三沢を目的地とした。

多くのバイク乗りがそうであるように、目的地はそれほど重要な意味を持たない。

車では単なる移動だが、バイクでは移動そのものがツーリングであり目的なのだ。



国道45号で三陸の海沿いを走る

国道45号で三陸の海沿いを走る
photo by Google

国道45号線は、仙台市を起点とし太平洋沿岸を巡りながら青森市に向かう総延長500kmほどの国道。

この道を使って、三陸の美しいリアス式海岸を眺めながら走ろうと考えた。

海へ向かう道は単純だ。まず、市街地から国道45号線をとりあえず北東に走ればいい。

海へ行くなら45号線!




おおよその方向だけ決めて、適当に走るのが常だった。

スマホも携帯も無い時代だったから、旅をする時は地図帳が頼りだ。

と言いたいところだが、自由時間の多い私のようなライダーは、道路標識や、極端に言うと太陽の位置を頼りに適当に走っていた。

道や方向を間違えたり、迷ったりしながら走るのも、楽しい。




実際に走ってみると

実際に走ってみると

海沿いを走り続けるという計画だったが、現実は厳しかった。

実際に45号線を走り続けても、海の見える場所はほとんど無い。



塩釜港から松島海岸あたりで、ああ、海だという満足感を味わえる。

しかし良い気になっていると、そのうち道は内陸に向かい、海の気配すら消えてしまう。

私は海を見ながら走りたかったのだ。

北へ向かう道の右手に、ずっと海を見ながら走れるものと思い込んでいた。

しかし松島海岸以来、海など一切見えない。


国道398号で三陸の海沿いを走る

国道398号で三陸の海沿いを走る


しびれを切らし、石巻から国道398号に逸れる。

国道398号は、国道45号のさらに海沿いを通る道だ。



さあ、いよいよリアス式海岸沿いを走るのだ。

しかし、地理の授業で習ったはずのリアス式海岸の意味を、私は理解していなかったらしい。


地図上で言えば、海側に出っ張っている岬や半島を巡る道。

しかし実際は、少し高台の森や林の中を走る区間がほとんどだ。

坂を降りるとほんのちょっと漁港や砂浜が見えてくる。

そしてまた、森の中へ入って行く。

その繰り返しがずっと続くのだ。

自分の思い描いたイメージの過ちに気づく頃、空が暗くなって雨が本降りになった。



三陸の民宿で出会った若女将の言葉は、彼女の中を漂い続ける

仙台から三沢まで、国道45後経由でおよそ400km強。

下道で1日でこなすには厳しい距離だけど、行けるところまで行こうと考えていた。

しかし雨脚が強まってきたため、宿をとることにした。


道沿いの電柱看板に、民宿と書いてあった。

逃げ込むように、看板の指さす方向へ路地を右折した。

するとポツンと一軒、大きめの民家のような建物があった。


三陸の民宿にて

三陸の民宿にて

バイクをとめ、ヘルメットを脱ぎ、濡れたままの姿で玄関を開ける。

急で申し訳ないが、雨が酷いので一泊できないかと用件を伝える。



幸いにも、泊めてもらえることになった。

後で聞いた話だが、その夜は団体の予約が入っており断ろうと思ったそうだ。

しかし濡れネズミの女性ライダーを放り出すわけにもいかなかったと。



団体とは離れた場所に部屋を用意してくれたが、宿の中は団体客で賑やかだった。

食事は団体客の宴会場の隅っこにポツンとひとり分のお膳が置かれていた。

しかたなくひっそりと食事をしていると、酔った団体客の一人が酒を持ってやってきた。

勧められるままに酒をいただき。カラオケの舞台にも上がらされた。


若女将の言葉

三陸の民宿の若女将との会話

食事を終えて部屋に戻ると、若女将らしき女性が、布団を敷きに来た。

忙しくて、食事中に来られなかったと言った。背中には小さな赤ん坊を背負っている。




「ひとり旅ですか?オートバイで?」

「ええ、三沢へ行こうと思って。でも雨が酷いので、早めに宿をとりました」

「自由でいいですね。私なんて、ずっとここです。遠くへ行ったこともなくて。同世代ですよね?たぶん」

「ええ、ひとつ違いです。大丈夫ですよ、行こうと思えばどこへでも行けますよ」




忙しく布団を用意してもらいながら、そんな会話をした。




自由でいいですね

自由って

「自由でいいですね」



宴会後にまだ続いている賑やかさを遠くに聞きながら、床についた。

しかし、三陸の民宿の若女将の言葉が、私の中を漂い続けていた。

その夜の私は「自由」について深く考える。



私はたしかに自由だ。

自分の意志で自分の行きたい場所へ行ける。

バイクに跨り、思うままにハンドルを切ることが出来る。



だけど、どこにも居場所なんて無い、根無し草だ。

濡れネズミとなって見知らぬ民宿に飛び込むのが、自由なのだろうか。


涙が一粒枕にこぼれた。




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